書籍・雑誌

いっぴきの虫

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有吉佐和子、松下幸之助、東山魁夷、杉村春子、木村伊兵衛、藤山寛美、川口松太郎、梅原龍三郎、林武、市川崑 他チョッと気になる人との対話による随筆。 
最近の古本はみんな綺麗だったが、これは状態が悪かった。ネットではその辺が分からないのが!!

趙丹の言葉

今読んでいる高峰秀子の「いっぴきの虫」の中で親交のあった中国の俳優 趙丹アータンの言葉「人は生きている時も死んだ時も、人を悲しませてはいけない”“芸術家はいかなる時でも人に美しさ、誠意、幸福を与えないといけない」 趙丹は文化大革命で四人組の青江と関係があったと誤解され5年ほど牢に入っていたそうだ。 いい言葉だ!

高峰秀子の引き出し

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僕は高峰秀子の映画は見たことが無い。本人の事も全然知らない。たまたま画家梅原龍三郎画伯の事を書いた本から興味を覚えて高峰秀子に関する本を読みだした。期待を裏切らない。高峰秀子は人に迷惑をかけない人だったそうだ。自分が風邪をひく事は多くの人に迷惑を掛けると・・・風邪も夫松山からうつされて生涯で一回しかひかなかった。自己管理のできた女優だった。

にんげん蚤の市  高峰秀子

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読み終わって心が落ち着く内容。
著者は好き嫌いはハッキリしているが、僕も結構好き嫌いがハッキリしている。

20周年記念画文集

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今年で教室スタートから20年になる。 5年ごとに発刊している画文集を作ります。教室で原稿用紙の配布をしますが、ここから保存してプリントして使用しても差し支えないです。

巴里ひとりある記

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でこちゃんが27歳の時7ヶ月パリで暮らしたエッセイ。僕が行ったのは25歳の時だから同じくらいの感覚だったかも・・・。いや俳優だから全然違う。172頁だからすぐ読み終わった。

「私の梅原龍三郎」

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天才女優高峰秀子が洋画壇の巨匠 故梅原龍三郎画伯との交友関係を記したエッセイ。
 
読みだしていくとグイグイと引きつけられるものが・・・最後は枕を濡らして読んでいた。
またチョッとしたひとことにも・・・
「・・・・絵というものは、誰にでも容易に見られるように安く売られるべきなのだがね」
「風邪をひいた。元気な時にはもう死ぬのもいいと思うが 弱っていると元気になりたく思う」
「僕は一匹狼だからね、自分の力一本で勝負する人間が好きなんだ」
「葬式無用。死者は生者をわずらわすべからず・・・」
 
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この絵は 僕が若かりし頃 梅原画伯の影響を受けて一時期何点かの作品を描いたうちの一枚。特に画伯の空に魅せられたものだ。

「銀座の画廊経営」

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中頃までは大体 知ったような事が書かれていたが一般の人には「へ~」と思うでしょう。最後の方が興味深く読めた。どちらにしても読みやすい口調で書かれているので疲れないで読み終えた。

「女画商の奮闘記」

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IBMを退社後 銀座柳画廊の副社長になりアートに携わる。画家が読んでも何なのか!という内容だが東京オリンピックの事に向かっていく。ただアートは無駄な物 非合理的な物だがなくてはならない文化的に最たるものと言っている。
以前1989年に伊豆IBMで水彩画100枚の仕事を貰ったのでこの本には興味はあった。

銀座画廊物語

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読み終わるといい時代があったんだと振り返る。晩年 梅原龍三郎が「美しい物が実によく見えるようになったから、もう絵は描かなくていいんだ」といった。

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