文化・芸術

セザンヌのアトリエ

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若い時に最も影響された印象派の巨匠セザンヌのアトリエを訪ねた時は感動したものだ。セザンヌが制作したアトリエがそのままの形で残っていた。住居は田舎の普通の民家だが回りの自然はセザンヌが好んだ景色があった。

画家とパトロン

若い時はパトロンがいた。パトロン・・芸術家を援助して育てていく人。ゴッフォは弟がパトロンで画材、お金を援助していた。精神面でもかなり相談にのっていたようだ。 
ダリのパトロンはエドワード・ジェームズ。池田満寿夫は久保貞次郎。セザンヌは生涯パトロンを持たなかった。
巨匠、大家はパトロンは不必要だが 僕のような三文画家にはパトロンは必要だ。特に精神面のパトロンが必要。常に気持ちよく制作できるように安らぎを与えてくれるパトロン。
今更遅いか・・・・!!

藤田嗣治

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レオナルド・フジタが当時親交のあったダミアを木炭で描いている。
藤田は東京 医者の家で生まれた。 子供の時から絵を描いていた。 若くしてパリに渡り「乳白色の肌」で注目される。晩年までピカソと交友があった。 81才没。

富士山

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 富士山はど真ん中に描いてもおかしくないと よく言っているが、富士だけの時は考えて 何かを入れた方がよい。
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 この場合は前景に傾斜をつけ陽の上がってくる方を少し広めにとった。
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 昇る陽光と雲海で画面に動きが出る。

画風

模写以外は誰でも性格が違うように画風も違う、世に多くの画家がいるが同じ画風の画家を見たことがない。たとえ影響を受けたとしても結果として違った絵になっている。

僕も一時期ある有名なパリを描く日本人画家に影響を受けたが結局自分の画風からは離れられなかった。画商からも必ずと言っていいくらいその画家K氏を引き合いに出された。他人の性格にはなれないという事。

僕が勉強中だったら抵抗なくいろいろな作家の絵を描いて肥しにしていっただろう。もうその頃は絵を生業にしていたから一気に画風を変えるということは出来ない状態ではあったのだ。気に入った部分は取り込めるがそれもじきに離れていくようだ。模写としてなら受け入れることは出来るが、それは若い時代の勉強中のこと。 僕のパリも一目で解かってもらえるようになった。

34回 京都新聞チャリティー美術作品展

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カタログが送られてきた。

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今回の出品は過去の作品を出した。反省。

 

才能は・・・

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才能を認めてもっらた15年くらい前の事です。

実演

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昨日の講習会で 「先生の初めから描き終えるまでを 是非見たいです」と言われたが、昔は毎年のようにそごうで 実演をしていた。ゴールデンウイークかお盆休みに通ったものだ。そのお蔭で現在の教室があるのです。そごうが買収されてからはその仕事も来なくなった。

錯覚

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4人の男の中で一番大きい人はどれだと思いますか?すぐに解かりますよね。スケッチに行くと建物のを描いている時にちぐはぐになる事があると思いますが、それは奥行の傾斜した線によって錯覚を起こしているからです。この絵でも4人の男の大きさは全て同じです。

第90回記念 朝日チャリティー美術展

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今年最後の3社目のチャリティー美術展寄贈依頼が来た。毎日、京都はカレンダーの原画を寄贈したので朝日も同じのにしよう。

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