画家と名画

恋人の名

Ruso

ルソーの素朴な絵から想像できないのは、ルソーが女性に対しては情熱家だったこと。「風景の中の自画像」パレットには二人の女性の名が描かれている。クレマンスとジョセフィーヌ。クレマンスは最初の妻、ジョセフィーヌはルソー55歳の時の妻。その間にはマリーという名の女性がいた。ジョセフィーヌが亡くなると11歳年下のレオニーに恋するがついに失恋。それでかどうか翌年ルソーは足の壊疽で死んだ。

ヴィジュ・ルブラン

Ruburan 王妃や皇帝に愛された美人画家ルブランの最大のパトロンはマリー・アントワネット。アントワネットのほうから挨拶するほどだった。ルブランはアントワネットの肖像を20枚以上描いたと言われる。アントワネットが処刑されてからパリ脱出、ローマで法王、ナポリ王、ウイーンの皇帝、ナポレオン、バイロン卿と有名人を描いている。晩年は不幸で孤独だった。

ゴッホの耳

ゴッホがアルルにいる時に事件は起きた。ゴッホはゴーギャンとの芸術上の軋轢により精神的に参っていた。ゴッホは何を思ったか自身の片耳を切り落とした。その耳を手にしたゴッホは夜の十時頃第一公娼館に行き、ラシェルという娼婦に「これを大事に持っていてくれ」と言って耳を与えた。その後発狂して自殺をとげた。

遊ぶふりして・・・

第一次世界大戦のあとパリには多くの日本人画家がいた。代表格は藤田嗣治だ。自分がトップにいる為には他の画家を油断させる術を使った。「パリで僕みたいに一流になるには女道楽をして、酒を飲んで、人生の裏を知らないとね・・・」が藤田の口癖だった。自分は遊び歩いているふりをして隠れては血のにじむような勉強をしていた。当時のパリには大金持の薩摩治郎八の「サツマ派」と福島繁太郎の「フクシマ派」の派閥があり日本人画家はその保護の下で育っていった。

ヌードは描かない

「種まく人」「落穂拾い」「晩鐘」で名高いミレーは農民画家のイメージがある。だが一時期はヌードをしきりに描いていた。芸術模索の時代だ。キャンバスも買えない貧乏生活のなか金稼ぎのためだった。1848年34歳の暮、パリを歩いていると「あれはミレーの絵だ。ミレーは裸の絵しか描かないからな~」とあざける様な言葉がミレーの耳に飛び込んできた。ちょうどミレーの裸婦が展示してある画廊の前だった。その時からミレーは裸婦を描かなくなった。

僕は描きます。

エッチな癖

ルノワールの描く女達は厚い唇、曲線の太い眉、豊満ななで肩、均整のとれた乳房。「私が好む絵は人物なら思わず手をのばして愛撫したくなるような裸婦だ」とルノワールは言った。ルノワールが裸婦を描くときはモデルのお尻を何度も何度もなで回しながら描いた。

モジリアーニがルノワールに会った時、ルノワールは裸婦の絵を示して「そのお尻を何度もなでながら描いた」と自慢そうに言った。モジリアーニは何だかイヤラシイ響きを感じて「私はお尻が好きじゃありません」と席を立った。ちなみにお尻をなでられたモデルは12人。僕は一人もなでたことはありません。

鏡文字

ダビンチは鏡文字をよく書いたといわれている。左右を反転した文字で鏡に写すと正しく見えるのだ。ぱっと見には読めないから暗号のよなもので、アイデアを簡単に盗まれないためとか言われているが説はいろいろあるらしい。画家はそんな事が好きなのかも知れない。絵の中に自分にしか分からない秘密やメッセージを描き込んだりして楽しんでいる。

ヌードモデル

昨日の夜、知り合いの歌手から電話がありました。もう年なので今のうちにヌードを描いてほしいというのだ。絵とは描きたい時に描きたい物を描くのが画家の仕事なので気が乗らないと描けない。知人の裸を想像しながら描いてあげても気に入らないとか言われたら嫌なので断りました。

すると今朝も電話が来て「どうしても」と言うので引き受けることにしました。グラマーなボデーを想像しながら何時でも描けるようにとカンバスに下地を塗りました。一週間もすれば下地も乾いて描けるようになるので、近いうちにカンバスを持って知人の歌手の裸を描きに事務所に行って来ます。

出来上がった油絵はここにアップしますので楽しみにしていて下さい。あははははエィプリールフールですよ。ホントに描いてと言われたらどうしよう・・・。

理想の女性は妹

ベルギー象徴派の画家フェルナン・クノップフは寓意的、象徴的な絵を描いていた。クリムトもクノップフに影響を受けた画家だ。作品 『愛撫』上半身裸の青年に寄り添う豹のような動物。青年の顔はクノップフの妹の顔である。妹を溺愛、深い愛情を傾けた。理想の女性だった。クノップフは妹の中に、母を、恋人を、妻をみいだした。クノップフは一種の女性恐怖症で血縁のない女性は恐かった。妹なら大丈夫。近親相姦的な溺愛ぶりだったそうだ。

芸術は快感・・・

若いときに影響を受けたスペインの画家ダリ。画集を買って見入っていたものだ。奇行も有名だった。ダリが子供の時は幾つまでもオネショ癖があって親は困っていたそうだ。ベッドの横に三輪車を置いておいて、オネショをしなかったら三輪車に乗っていいと言っても、ダリは目を覚ますと目の前の三輪車を見て迷った。オネショの快感を取るか三輪車を取るか。さすが芸術家?快感を取った。その気持ちは良く分かる。物欲より快感。私もそんな所がある。

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