マニュキア

生徒が赤いマニュキアを塗ってきた。自分で塗るの?そうです。 どのくらい持つの?一週間。 いろんな色持ってるの?ええどぎついのを。 いつまで塗るの?ず~と。 へ~!。手が震えるようになったらダメね。 そうなったら塗ってもらえば!両手で一万円かかるのよ。と両手を広げて見せた。確かにマニュキアが似合いそうな手だった。

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まだまだ

今年に入ってからいい感じだった坐骨神経痛だが、先日の運転の振動からか左足に痛みが出だした。 調子が良くてもしばらくは無理は出来ないと思った。
だんだん良くなってきているのだから、皆さんには迷惑をお掛けするが今年も焦らず行くしかないな!!

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日本の百名山

Img689_2 ビデオ深田久弥の「日本の百名山」を見ているが、日本の山は綺麗ですね。樹林帯を越えたあたりから素晴らしい。どの山も行ってみたくなった。
穂高あたりは良いな~もう行けないからビデオで楽しもう。

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PC

Dsc02758
オークションで落札したパソコンが来た。 中古品は初めてなのでどうなる事かとスイッチを入れる。何の設定もせずに通常に使える状態だった。次はネットに接続、こちらもそのままで接続出来て何のわずらわしさもなく使用できる。
今使っているPCよりグレードが良い物だ。
多少の使用感はあったが満足いくPCだった。後はどのくらい持つかだ!

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中古パソコン

Toshi
現在パソコンが3台あり、どれも正常に使えているが、どんなものかと中古パソコンを買った。 ダイナブックだから今使っているのと同じ。
ウインドウズ10にはディフェンダーが入っているのでウイルスソフトはいらない。
officeは必要だからシリアルナンバーから取り込む。
明日あたり届くので少し忙しくなるか!

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試しに

駅ではエレベーターを使っていたが、昨日は大船で上りエスカレーターを試してみた。降りる時どっちの足を出そうか迷ったが何とか普通に降りられた。
今日は上永谷へ車で行くが、いつもの緩やかな道ではなく環状2号で行った。

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お休み5名

今日の大船カルチャーはお休みが5名。 振替が1名。皆の絵が上手くなってきているのが感じられた。アクリル画の若い子も良い絵が出来上がった。
マジックで一枚選んで皆さんに見せたら戻してくださいとトランプを渡した。ハイと返してくれた。カード覚えていますね忘れないでくださいよ。すると皆に見せていた当の本人が私が見るの忘れていたと言い出した。じゃあ最初からやりなおしね! 楽しいですね。

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3日前の朝喉が痛くなった。風邪かなと思っていたが喉のイガイガは取れないが風邪でもなさそうで空気の乾燥かな・・・・・!

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へ~

何だか不思議というか・・・・最近20年前に出合あった人と再会し、家内も10年前お世話になっていた。
また30年前に会った人が僕の本を読んだら誕生日が同じことに気がついたと連絡をくれた。
入会して2回出席して半年以上お休みしていた生徒が、また受講させて下さいと連絡が入ったり。
某図書室で15周年画文集を読んだ人が水彩画教室へみえたりと昔に絡んだことが続いている。

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テレビ壊れる

数日前からテレビの調子が悪くなった。ビデオを見ていると画像がビビる。テレビとしては使わないのでモニターを買った方がいいかなと考えている。
プリンターも調子が良くないので悩んでいる。
プリンターは仕事上、二台体制でやっていたが一台で行くか!

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鉛筆画135 双葉

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体験

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大船カルチャー初出勤。女性の水彩画体験者が見えたが基礎から指導。のみこみが早くてドンドン進むので立ったり座ったりと忙しかった。
広い教室で気持ちよくレッスンが終わった。
マジックも見ていって喜んでくれた。

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ズボン

ズボンがきつくてチノパンをネットで注文。
「先生、ネットで買って合わなかったらどうするの?」
「あきらめるんだよ。だからサイズ確認チェックボックスにレ点入れてから注文するんだよ」
「へ~」
「81センチなので32インチだな」

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4年前にある雑誌に載せるので取材を受けたがフリーライターD氏の文です。経緯があって載らなかったが見つかったので掲載します。

2015年7月8日に取材された鎌倉の「藤森水彩画教室」の紹介文です。

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 絵に呼ばれた、ということなのだろう。横浜や鎌倉で水彩画教室を開いている藤森悠二先生のことである。

「小学校の時から絵が得意で、絵だけは通信簿が良かったんです。他はみんな1や2ばかりでした」。

 

 では「絵が好きだったのか」というとそういう訳でもなく、好き嫌いを意識したことはなかった。只々夢中になって描いていた。特別努力した訳でもない。将来画家になろうと思っていた訳でもなかった。

 

 出身地は東京の上野桜木。自宅のそばに東京芸大東京都美術館があるという恵まれた環境で育った。美術館の周りには絵かきがゴロゴロしていて、絵画展も頻繁に行われていた。高校にあがると絵を意識するようになり、スケッチなどをしながら自然と絵の道に足を踏み入れていった。しかし美大を目指すことはなく、千葉商科大学に入学。銀行に2年勤めた。

 

 転機となったのは、1972年。25歳のときだ。リュックを背負って海外放浪に出ていた友人から「海外はいいよ」と聞かされたことに触発され、「じゃあ俺も」とパリに出かけたのだ。絵描きはみんなパリに行く。もしこのときパリに行かなかったら、藤森先生は画家にはならなかったかもしれない。

 

 当時は1ドル360円時代で所持金は50万円だった。せっかく着いたパリだったが、物価が高く、遊学は無理と判断。3ヶ月でスペインのマドリッドに移動した。パリとマドリッドでは物価に相当な開きがあり、1,000円あれば3食食べて宿泊費も払えたのだ。先生はこの町の「ベジャスアルテス・サンフェルナンド美術学校」に聴講生として潜り込んだ。学生証を発行してもらい、授業料はその都度支払った。学生はヨーロッパ中から集まっており、日本人も6人くらいいた。そこで来る日も来る日も1年間ひたすらデッサンをつづけ、腕を磨いた。そうして所持金が底をついたので日本に帰ってきた。

 

 帰国後、実家からそれほど遠くない文京区千駄木の団子坂の上にある額縁屋で職を見つけた。2階が作業場で、1階には絵が飾られていた。その1階にパリで描いた油彩画を掛けてもらったところ、出入り業者だった千葉の画廊が買い取ってくれた。しかも「また描いてくれ」と注文まで入ったのだ。

 

 画料は安かったが、売れたので描きまくった。絵が知られるようになるにつれ、高値で買い取ってくれる業者も現れた。活躍の場が広がっていった。

 

 筆者は鎌倉駅前の教室でお話を伺っている。背後では10人ほど集まった生徒さんたちが、画用紙に筆を走らせながら聞き耳をたてている。私が水を向けると、生徒さんたちは口々に先生の人柄について話し出した。

 

「芸術家は気難しいイメージがありますけど、この先生はそうじゃないんですよ」
「人一倍純粋で、シャイで、きっと私達が気づかないところで神経を使っていると思うんです」
「スペイン時代のモデルのジョアンナの話をしたらどうですか?」
非常に慕われているのだ。

 

 そもそもこの教室は、横浜そごうで水彩画の展示と実演の依頼があり、そこに来ていたお客さんたちから絵の指導を請われたことがきっかけで始まったのだった。

 

「35歳から50歳まで那須にアトリエを構えていたんです。そこでずっと風景画を描いていました。ところがバブルが弾けて絵が売れなくなってしまって。横浜そごうで教室の話が出たのは、ちょうどそのタイミングでした」。

 

 最初のうちは那須と横浜の往復で収支はトントンだった。やがて教室を増やし、拠点を横浜に移してからは生徒も100名くらいに増え、生計が立てられるようになった。

 

 現在教室は鎌倉、大船、上永谷横浜市港南区)の3教室で月に13コマ教えている。鎌倉教室は月2回。1コマ2時間だ。前半が教室で風景画の模写。後半が横浜や鎌倉でのスケッチである。寒さや暑さが厳しい1、2、8、12月は戸外でのスケッチは行わない。

 

「教室の居心地がいいんですよ。宿題をしてこなくても怒られないし」と初老の女性が笑いながら言う。

 

 宿題というのは模写のことだ。次のレッスン日までに家で1枚先生の絵の模写を仕上げなければならないのだ。スケッチの場合、彩色まで含めて2時間あれば1枚仕上げることができるが、模写となると手間がかかる。3、4時間かかるのもザラだという。前半の授業は模写だから手間がかかる。時間内には終わらないから各自のペースで進めていくことになる。

 

 教室は今年で17年目だそうだが、一番長い生徒は開講当初から通っているという。10年以上通っている生徒さんも多いが、小学校以来はじめて絵筆を持つという人も多い。
「やめた人も含めて200人くらい見てきましたね」と藤森先生。

 

 クラスが終わった後は必ず近くの喫茶店でお茶の時間となり、余興として先生がお得意のマジックを披露してくれる。

 

那須の頃のように、もう一度絵の制作を充実させたいと思っているんです」。

 

 結局、この教室の生徒たちは先生の熱心なファンなのである。藤森先生がもう一度創作に打ち込む日が来ても、きっと支えてくれるのではないだろうか。絵に呼ばれて画業に生きた先生は、とても幸せな人生を送っていると思う。

以上です。

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二日目

仕事二日目。昨日きついズボンを履く時の無理がたたって腰にきたのでロキソニンを貼って寝た。
今朝は痛みの取れていたが革は止めて寒いが綿を履いて出かけた。
コインマジックで目のいい人に見抜かれてしまった。というより僕の技が未熟だったのだ。

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仕事初め

今年最初の教室に行こうと革のズボンに足を入れたが、お腹がきつくてボタンが締まらない。腰痛ベルトを付けているのでなおさらなのだ。別の色を出して履くがキツイ、お腹をへっこましてやっとボタンを填めたが腰が痛くなった。革は当分履かないことにしたいが普通のズボンが無い。

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寒い

昨日まではいい天気で良かったが、今日は朝から寒い散歩になった。リハビリ散歩なので寒くても出かける。
明日から今年のレッスンがスタートします。
よろしくお願いします。

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年賀はがき

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 大船カルチャーに講師からの年賀状が展示してある。

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始動

早い所は今日あたりからスタートですかね! 来週からスタートなので洗車してきた。 泡ワックス洗車3分で終わったが今日は洗車客が多かった。

 
 
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先日注文した本が届いた。99才で亡くなった杉本健吉画伯の 画文集。画伯は長生きしたけど「長生きが目的ではない、絵を描くことが目的でそのために長生きする」と。 画伯の発想の豊かさ、リズムにうなる。

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鉛筆画講座

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